<1人暮らし>という状況は、<孤独>という心情と必ずしもイコールではない
前者が問題であると、とらえられがちだが必ずしもそうではない。
もちろん、何を問題だと考えるかにもよるのだが・・・。
主人公と同じく、「1人暮らし」で心臓に問題をかかえる人としては、
身につまされるでは済まない人生がスクリーンに映し出されていた。
いつ、その時が来てもおかしくない。
閑話休題。
映画は、ドラマらしいドラマが生み出されるわけでもなく淡々と、色彩の濃淡と陰影とが交差しながら、
命を断とうとする主人公のたった一日が、螺旋階段のようにゆらゆらと進んでいく。
スタイリッシュな主人公は「自殺の構図」にもこだわり、一連のこのシーンはシリアスというよりも、
むしろコメディ・リリーフにもなり得ていて、優雅さの中にもダサさを垣間見せて可笑しい。
強烈な印象として一つあげられることは、登場人物たちの<眼力(めぢから)>である。
目の前に立っている人物の本質までをも抉り出そうとするかのような、
「あなたのことはすべてわかっています」と射抜くような、その鮮烈なまなざしは冷徹とも言える。
主人公が立ち寄るリカー・ショップの駐車場の壁に、『サイコ』のジャネット・リーがシャワー室で
刺される瞬間の表情を映し出したポスターが貼られていて、
その圧倒されるような大きな眼には恐怖すら感じざるを得ない。
見ている方が実は見られているなんて、『裏窓』ではないか。この映画はヒッチコックへのオマージュなのか?
ちょっと、考えてみることにしよう。
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