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皆さん、 卒業おめでとう。大学を代表して心から祝福の意を表します。このたび長崎外国語大学を卒業する学生の数は、112名になります。皆さんが無事この日を迎えることできたのは、もちろん皆さんの努力の賜物ですが、それを今日まで見守り、助けて来られた保護者の方々にも、合わせて心よりお慶び申し上げます。 卒業にあたって、皆さんは、何はともあれ、一つのことを成し遂げた達成感があるでしょう。大学の試験や課題からやっと解放されたという開放感もあると思います。しかし、卒業は終わりではありません。英語では卒業を<commencement>と言いますが、これはまさしく「始まり」という意味です。あなた方が自から責任を持たなければならない本当の人生が、今始まろうとしているのです。
この晴れやかな人生の門出に際して、皆さんが外国語を学ぶために入学し、外国語を学び終え、今社会に出ていく、ということの意味について考えたいと思います。
英語であれ、中国語であれ、その外国語に熟達し、自由にコミュニケーションができるようになった人もいると思います。また、努力したが十分には満足のいく結果が得られていない人もいるでしょう。しかし、重要なことは、皆さんがそもそも外国語に興味を持ち、4年間学び通したという事実です。外国語を学び通したという経験自体、それが職業の手段、生活の糧となるかどうかはともかく、外国語を介して「自分とは異なる世界、異なる文化、あるいは他者と繋がっていたい」という皆さんの切実で根源的な欲求の表れなのです。「他者と繋がっていたい」という情熱は、実はこれからの人生を生き抜くうえで、外国語が喋れるということ以上に圧倒的に重要なことだと思うのです。
留学した人であれば、現地で知り合った外国人の友達といつまでも交流を続けたいと思うでしょう。BBSのボランティア活動に取り組んだ皆さんは、支援した子供たち一人ひとりの将来に思いを馳せているはずです。カンバセ―ション・パートナーで培った留学生との友情は忘れがたいものですし、ジャスミンで素敵なダンスを披露した皆さんは、自分たちの情熱がいかに人々の心を和ませ、それが自分たちの幸せとなっているかを知っているはずです。NESTでボランティア活動に汗を流した諸君は、タイの子供たちの笑顔がいつまでも心の糧となるでしょう。これらは一握りの例に過ぎませんが、こうした「他者と繋がっていたい」という皆さん一人ひとりの情熱は、これからも生涯にわたって外国語の学習を続ける大きな原動力となります。
皆さんを世に送り出すにあたって、実は、私たち教師も反省を迫られています。「皆さんと繋がっていたい」という情熱が、果たして私たち教師にどれほどあったのか、学生諸君とポジティヴな関係を作ることができ、そこを拠り所として本当に豊かな教育を提供することができたであろうかと考えると不安になるのです。しかし、皆さんと私たちの関係は、今日で終わりではなく、卒業後もあらゆる機会をとらえて「皆さんと繋がっていく」努力を強めていきたいと思います。
さて、英語にempathyという言葉があります。compassionといってもいいでしょう。共感力という意味です。他者とのコミュニケーションは、empathyあるいはcompassionつまり「他者への共感力」がなければ成立しません。多くの企業が、人を採用するに当たって、コミュニケーション力を最も重視すると言っています。これは今日「他者への共感力」あるいは「他者と繋がっていたい」という情熱が社会生活ではとても重要であり、また同時に今日の社会においてそれがいかに希薄であるかを物語っていると言えるでしょう。
長崎外国語大学が開設されたのは2001年です。ちょうどその年の9月11日に、皆さんも記憶にあると思いますが、アメリカで4機の旅客機がほぼ同時に乗っ取られ、うち2機はマンハッタンの世界貿易センタービルへ、もう1機はペンタゴンへ突入し、残る1機は墜落するという事件がおこりました。9.11アメリカ同時多発テロです。「他者と繋がっていたい」という気持ちとは反対に、他者への思いやり、異文化に対する敬意と共感の欠如が招いた悲劇です。
私たちの世界では、ほとんどの悪がempathyの集合的な枯渇によって引き起こされています。他者を理解しない、理解したくないという態度から様々な悲劇が生まれています。アメリカを専門とする私は、このテロ事件に衝撃を受け、「文明の衝突」あるいは「異文化の衝突」が絵空事でないことを思い知りました。このことが私自身、アジアを再発見し、再認識する重要な契機となったのです。あれから10年余り、3.11東日本大震災から私たちは何を学ぼうとしているのでしょうか。「絆」あるいは「つながっていよう日本」ということばが日本中を駆け巡り、多くの人が家族や友人との絆を確かめ合いました。また、東日本大震災という未曽有の災害によって私たちは自らの生き方を再検討することを余儀なくされています。 いま、少しずつですが個人と社会との関係が、変化しつつあるように思います。これまで福祉や教育などの公共サービスは、政府や地方自治体が一方的に市民に提供してきましたが、これからは、役所は裏方に回って、私たち自身やNPOが主役となって公共サービスの一翼を担うという方向性が出てきています。私たちは日本国民である前に、自立した個人としてお互いに結ばれ、お互いに助け合う共同体の一員であるという考え方への転換です。
19世紀半ば、政治家であり思想家でもあったフランス人でトクヴィルという人は、アメリカ各地を旅行した経験をもとに有名な『アメリカにおけるデモクラシー』という本を書きました。自由・平等を追求する新たな価値観で生きている人々の様子を克明に記述しています。そのなかで、個人主義が人間どうしの絆を希薄にしていることを指摘しました。アメリカでは、そうした個人主義を乗り越えて、一人一人の個人が積極的にお互いに手を携え助け合う努力をしていて民主主義の欠点を補っているのだと指摘しています。
私たちは、ともすれば自分の世界に引きこもりがちになり、私たち自身が手を結びあって造りあげるべき、個人を超えた世界への関心も、関与も忘れがちになります。しかし、皆さんは大学での4年間を通して、「自分が生きている」、ということが、様々な人々との繋がりのなかではじめて可能になっていることを学んだと思います。ならば、自分もまた積極的にそうした世界へ関わろうとする努力、具体的に行動する努力を重ねなければならないことに気付いたはずです。
結びに、皆さんに聖書の言葉を贈ります。
マタイの福音書7:12 「だから人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。」 「だから人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。」
自分のために誰かが何かをしてくれることを期待する前に、どうか、他者のために自分は何ができるかを考え、行動できる人間になって下さい。
皆さん、卒業おめでとう。いつまでも繋がっていましょう。
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