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2012年度秋季 長崎外国語大学 入学式式辞

2012年度秋季 長崎外国語大学入学式 式辞

2012年9月20日
長崎外国語大学 学長 石川昭仁

  新入生の皆さん、入学おめでとう。長崎外国語大学を代表して心より歓迎の意を表します。私たちの大学の名前「長崎外国語大学」は、しばしば「長崎外大」という短い名前で呼ぶことがありますので、覚えておくとよいでしょう。ところで、日本は、春夏秋冬、季節の移り変わりが比較的はっきりしているのですが、長崎は、いま、ちょうど夏から秋に変わろうとしているところです。あと一、二週間すると、気温もぐっと下がって、一年の中で自然がもっとも美しく、清々しい季節を迎えます。秋は収穫の時、郊外の田んぼでは、澄んだ青空のもと稲穂が一面に黄金に色づき、市場では栗や柿などの美味しい果物がふんだんに出回ります。「食欲の秋」ですね。秋は、また本を読んだり、勉強したりするのに最適の季節です。
 
まさにこの素晴らしい季節の始まりに、秋学期の新入生として、正規学生、短期留学プログラム(JASIN、NICS)学生、合わせて106人の学生諸君を迎えることになりました。国別に申しますと中国から73人、台湾から3人、韓国から8人、アメリカから18人、イギリスから2人、フランスから2人です。
 
長崎外大は、「国際交流大学」を目指して、外国人留学生の受け入れを積極的に行っています。JASINプログラムが始まったのは1998年で、最初の留学生はアメリカのアイオワ州から来た3人の学生でした。アジアの留学生向けのNICSプログラムが始まったのは2005年だったと思います。正規留学生の受け入れは、2001年からスタートしました。留学制度が充実するにつれて、毎年留学生数が増えて、今では長崎外大で学ぶ学生の約三分の一を外国人留学生で占めるまでになりました。長崎外大は、世界各国の若者が集うグローバル・ヴィレッジです。皆さん一人ひとりが、言語や文化や宗教が異なる人たちと「一緒に学ぶ」ことを通して、異文化を超えた眞の友情を育み、これからの時代を切り開く新しい価値を発見して下さることを期待しています。「国際交流大学で世界各国の留学生が共に学ぶ」という理念は、長崎外大の歴史と関係があります。
 
長崎学院は第二次世界大戦が終わった1945年に発足しました。65年の歴史を有しています。長崎は皆さんもご存知のように、広島とともに世界でただ一つ、原爆の悲惨を経験した町です。本学は、その傷跡も生々しい中で、戦争に対する深い反省とキリスト教的人間愛の精神にもとづいて創設されました。世界の平和と人類の共存共栄のためには、次代を担う若者たちが外国の言葉を学び、その背景にある各民族の豊かな歴史や文化、ものの考え方やものの感じ方を学び、国や民族を超えて相互に深く理解し合うことが何よりも大切であると考えられたのです。
 
この60余年の間に大学の形は大きく変化し、発展を遂げてまいりましたが、創設時のこの根本理念にはいささかの変わりもありません。今日、長崎外大が力を入れている国際交流大学の実現、そのための留学制度もまた、もちろんグローバル化や国際化といわれる現代という時代を視野に入れたものではありますが、世界平和と人類の共存共栄に資するという理念の実現を目指すものなのです。
 
しかし、私たちは、平和な世界の実現という大きな目標に一挙に飛躍することはできません。皆さんにとっては、まず長崎の地で自らの心と体で異文化を体験するという、日々の具体的な積み重ねが大切になります。これから皆さんの長崎での留学体験は、「独自の新しい世界を獲得する」旅とも言えるでしょう。旅には様々な人々との出会いがあります。キャンパスでは、学生、教員、スタッフ、カフェテリアのおばさん。長崎の街ではどのような人々と出会うでしょうか。ホストファミリーのお父さん、犬をつれて散歩する老夫婦、バスの運転手さん、車椅子の身体が不自由な人、看護婦さん、いかめしい顔の警察官、郵便配達人、マクドナルドの店員、ベビーカーに乗せられた赤ちゃん、魚屋さん、疲れ果てたセールスマン、携帯電話に夢中の高校生、居酒屋のご主人、東京から来た観光客。予断や思い込みをひとまず脇において、勇気を持ってこれらの人々に語りかけ、あるいは相手のことばにしっかり耳を傾け、これらの出会いの一つ一つを大切にしながら、多様な人々とのオリジナルな関係を一歩一歩、しっかりと築き上げてください。それから、人々との関係を一つ残らず素材に変えて、あなた自身を中心とする自分自身の長崎・日本という新しい世界をつくってください。

旅に出るにあたって、これまでの知識や自分の物の考え方が邪魔になることがあります。私の好きなアメリカの詩人、ホイットマン(Walt Whitman)は、僕自身の歌(Song of Myself)のなかで対象と直接に触れ合うことを「ぼくは森のはずれの堤にのぼり、墟妄の装いを捨てて素裸かとなり、大気と触れあうことを狂おしく願う」(I will go to the bank by the wood and become undisguised and naked, I am mad for it to be in contact with me.)と言っています。日本に来たのですから、これまでに学んだ知識や物の考え方を脱ぎ捨てて、文字通り素裸になって日本という世界に飛び込んでほしいのです。

ナガサキという街との出会いもあります。道路、バスの路線、チンチン電車、長崎駅、たくさんの坂、小さく区分けされた街、港、橋、市役所、教会、学校、消防署などの建物、公園、広場、ショッピング・センター。さまざまな目印があります。長崎を知らない皆さんは、長崎の町がまるで謎だらけの世界に思えるでしょう。「朝早くから大勢の人が長い列を作って並んでいる、あのお店は何だろう?」「パチンコ屋さんですね。」、「あれは、神社それとも仏教のお寺?」「鳥居があるから神社ですよ。」、「金色に光る神社のような建物のミニチュアをのせて走っている、あの大きな黒い自動車は何ですか?」「さあ、なんでしょうね。考えてください。」皆さんは、街にあふれる、これらの多様な事物、あるいは記号の一つ一つの意味を読み解き、あなたの頭の中に、独自の、長崎というイメージの世界をつくることになります。

長崎は、空間的にも歴史的にも一つの「物語」のようなものです。「長崎物語」を読むことには日本の他の町とはまったく異なり、特別の意味があります。長崎は、昔から中国をはじめとする東アジア諸国との交易で栄え、十六世紀のポルトガル船来航以降は海外貿易とキリスト教伝道の中心地となり、二百五十年に及ぶ鎖国時代は西洋文明に開かれたほとんど唯一の窓だったからです。つまり長崎は古くから外国の文化と外国の人々に接し、いわば政治・経済・文化における輝かしい国際交流の舞台であり、近代日本の発祥の地だったのです。また、長崎が原爆被災地であるという事実も見過ごしてはなりません。長崎の街は、日本の近代化の歴史、人間の愚かさと平和への祈りを物語っています。長崎の街を悠然と歩きまわる散歩者(saunterer)となって、これらの物語に耳を傾け、これらの一つ一つを素材としてあなた自身の「長崎物語」を紡ぎだしてください。

これからの半年、一年あるいは四年間の留学生活を経て、皆さん自身が最終的に獲得する新しい世界とは、一体どのようなものなのでしょうか、あなた自身が紡ぎだした「長崎物語」はどのような意味をもつのでしょうか。その答えは、旅の最後まで誰にも分かりません。旅の途中の展開に一喜一憂すべきではないでしょう。心配や不安は無用です。さあ、一緒に長崎物語の旅、新しい世界獲得の旅に出発しようではありませんか。

長崎外国語大学の新入生の皆さん、入学おめでとう。