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学長スピーチ 2010年度春季 長崎外国語大学入学式 式辞(2010年4月2日)

2010年度春季 長崎外国語大学入学式 式辞

2010年4月2日
長崎外国語大学 学長 池田紘一

長崎外国語大学の新入生諸君、入学おめでとう。よくぞ本学に入学されました。心より歓迎の意を表します。
本日ここに集っている入学者は179人、日本人学生128人、留学生51人です。留学生の内訳は中国から45人、台湾から2人、韓国から3人、アメリカから1人です。さらにこれに加えて、本学が留学生のために特別に設けている一年間の短期留学プログラムの新入生39人も集っています。その内訳は中国から19人、台湾から2人、韓国から1人、アメリカから14人、フランスから2人、ドイツから1人です。すべての新入生を合わせると総勢218人、かくも多くの、しかも日本、東アジア、アメリカ、ヨーロッパの、国籍も言葉も文化も異なる新入生が一堂に会している――これこそまさにわが長崎外国語大学の建学の精神と教育の使命を絵にしたような光景だと申さざるを得ません。

諸君が手にしている入学式のプログラムの表紙をご覧ください。そこにはラテン語で via veritas vita (わたしは道であり、真理であり、命である)と記されています。この簡潔で、力強く、美しい言葉、「道」、「真理」、「命」は、「ヨハネによる福音書」第十四章六節にあるもので、イエス・キリストが自らを明かして述べた言葉です。表紙の一番上に記されている校章は、この言葉の三つの頭文字、すなわち v を三つ組み合わせたもので、学校法人長崎学院長崎外国語大学の建学の精神を象徴しています。

長崎学院はすでに65年の歴史を有しています。学院の基が築かれたのは第二次世界大戦が終結した1945年(昭和20年)、長崎が原子爆弾の災禍に見舞われたわずか数ヵ月後のことです。学院の創設者たちは、戦争の悲惨を目の当たりにして、戦争に対する深い反省とキリスト教的な人間愛の精神から、世界の平和と人類の共存共栄のためには、外国語を学び、世界的な視野と教養を身につけた若者を育てることこそ急務であると考えたのです。諸外国の言葉を学び、その背景にある各民族の豊かな歴史、文化、生活を知る。そうしてはじめて真の理解と友情が生まれる。創設者たちはそう考えたのです。

長崎外国語大学は、このようにして戦後すぐに創設された長崎外国語学校、そしてこれを母体に生まれた長崎外国語短期大学の長い歴史と伝統の上に、10年前に開学しました。今年は記念すべき10周年の年に当たりますが、私たちはいま、創設当初の建学の精神を受け継ぎ、21世紀のグローバル化と国際化の時代を直視して、2009年度に「現代英語学科」を新設して、それまでの「国際コミュニケーション学科」と合わせて二学科体制とし、「国際交流大学」という特色を鮮明に打ち出した教育を実現しようとしています。

ただ単に受動的に、外国語や異文化を学ぶだけでは不十分である。それを本当に生かし、世界の平和と人類の共栄共存のために少しでも役立てるためには、そして諸君がそれを生かして社会で、いやもっと広く世界中で活躍できるためには、異なる言語と異なる文化を持つ若者同士が、勉学と実生活とを通じて、もっとダイナミックに、互いに生身の人間として直接ぶつかり、直に対話を交わし、議論を戦わせ、深く理解し合い、願わくは国境を越えて友情を結びうる――そういう機会を大学教育の場において実現することこそわが大学の使命であると私たちは考えたのです。「国際交流大学」とは、まず第一にそういう意味です。

もう一度申しましょう。本日の新入生は総勢218人、そのうち外国人留学生が90人、10人中4人が外国人留学生ということになります。

本学は国際交流大学のスローガンとして「キャンパスが世界」とうたっていますが、それはつまり、日本人学生の諸君はその気になれば、別に外国に出かけなくても、キャンパスに居ながらにして世界を体験できるということです。世界とは決して抽象的なものではなく、まず第一に「人間」です。外国という場合、たしかにその土地の自然や風土、町や建造物や史跡など、いわば観光旅行の目的であるようのものも重要な要素には違いありませんが、しかし外国とは何よりもそこに住む人間であり、その人間が使う「言葉」です。その当の外国の人間が目の前にいて、その外国の言葉を使っている、「キャンパスが世界」とは、そういう意味です。しかも日本人学生諸君は、彼らが使っている言語を学ぶために、そしてその言語でコミュニケーションができるようになるために本学に入学してきたのですから、どうか積極的に留学生にぶつかってください。留学生と共に学ぶのだという意気込みを持ってください。「留学生と共に学ぶ」――これが本学で学ぶ最も大きなメリットの一つです。

一方、留学生諸君は、日本語を学び、日本の社会や文化を学ぶために日本に留学し、長崎外国語大学に入学したのだと思います。従って留学生諸君は逆に、「日本人と共に学ぶ」という精神で、是非とも日本人学生に積極的に声をかけ、積極的に日本人学生と交わるよう努めてください。もちろん留学生諸君は、大学という枠にとどまることなく、長崎の町を探索し、長崎の町を知り、長崎の町の人々とも積極的に交流してください。
本日は私たちの大学の所在地である時津町の町長と教育長にも来賓としてご臨席いただいていますが、時津町は外国人に対して大変温かい、開かれた町です。時津町には、留学生と交流し、留学生に日本人の生活や文化をよりよく知ってもらうことを目的とした国際交流協会という町民のグループもあるほどです。ことほどさように、長崎の町全体が、古くから外国との交易、つまり国際交流で栄えてきた町であり、外国人にとって住みやすい町です。ですから、留学生諸君がその気になれば、留学生諸君が日本人の中に飛び込んでいけば、どこにでも日本の友人を見つけることができるでしょう。

ところでわが大学は、「キャンパスが世界」というスローガンと合わせて、「世界がキャンパス」というスローガンをうたっています。それは留学制度のことです。本学はこれまで一貫して、日本人学生を諸外国の大学に留学させることに力を注いできました。そのために、世界中の50を越える大学と交流協定を結び、十分な留学準備教育をほどこして世界中のキャンパスに学生を送り出しています。毎年、学生の三人に一人が留学しています。留学の経験とその成果は、本学での勉学の一部として評価されます。留学制度の充実と実績は、本学のような小規模の大学としては他に類がなく、この点ではおそらく日本でも指折りの大学に入ると自負しています。
長崎外国語大学のキャンパスだけが諸君のキャンパスではなく、世界中の大学が諸君のキャンパスなのです。留学は、単に外国語の上達に役立つばかりでなく、言葉も文化も習慣も違う外国で、一人で、自力で生活するという点に大きな意義があります。

わが大学はこのように、他大学には絶対に負けない留学制度を誇っていますが、ただ、この点で一つだけ申し上げておきたいことがあります。私はある時、キャンパス内でひとりの女子学生に出会いました。日頃よく知っている学生で、どうだ元気にやっているかと声をかけたところ、急に涙ぐんで、自分の仲のいい友達は現在みな留学していますが、家に経済的な余裕がなく、親に無理が言えなくて、留学を断念しましたと、いかにもすまなさそうに、いかにも自分が遅れをとったかのように、いかにも悲しそうに言うではありませんか。私は、留学できなかったからといって、そんなことは全く問題ではない、生活がまず第一、留学は二の次、留学しなくとも人に負けないだけの勉強はできると励ましました。それは私の偽りのない気持ちでしたが、私は学長としていたく反省させられました。なぜなら、私は常日頃、学生たちと話すたびに、留学の素晴らしさ、留学の意義を説き、是非とも留学しなさいと勧めていたからです。
本日入学する日本人学生諸君の多くは留学への希望を胸にしていることでしょう。留学には、そのための語学学習の準備だけでなく、たとい交換留学や派遣留学の場合でも、ある程度の費用が必要です。特にアメリカやヨーロッパに留学する場合にはある程度のお金が要ります。そのために、生活費を倹約し、場合によってはアルバイトで資金を貯める、親を説得して援助を頼む。しかしそれでも経済的に無理な場合は、別に留学しなくともよいのです。日本にいても勉強すべきこと、勉強できることは、それこそ山ほどあります。そして最初に申しましたように、キャンパスが世界、わが長崎外国語大学のキャンパスが世界なのです。

この関連で少し諸君の目を開いていただくために二つのことを申し上げておきましょう。

たとえば現代英語学科の学生は、アメリカやイギリスに留学したいと思うでしょう。そこが英語の本場であり、英語の国だから、それは当然です。けれどももう一つ異なる可能性もあります。本学は中国や韓国のいくつもの優れた大学と交流協定を結んでいます。そういう大学の英語学科に留学するという道です。そして中国や韓国の学生と一緒に英語を勉強するのです。 中国や韓国はアメリカやヨーロッパに比べて現在のところ生活費が非常に安くて済むという利点があります。しかし、そこには実はもっと積極的な意味があるのです。中国や韓国の大学の英語教育は非常に優れているということ、そして、これが一番肝心な点ですが、将来諸君が貿易の会社などに勤めて英語を使って仕事をする場合、現在の世界情勢からいえば、中国を中心とする東アジアの国々の方が相手国としてはるかに大きな可能性を秘めています。諸君がたとえば中国の大学に留学して英語を学ぶ場合、もちろん日常生活では中国人と接し、いやでも中国語を学ばざるをえないでしょう。つまり英語と中国語が同時に学べる。そして中国人の学生に多くの友人ができる。これは間違いなく、将来に向けての大きな可能性です。
以上はほんの一例にすぎませんが、このことはたとえば国際コミュニケーション学科のドイツ語やフランス語を専修している諸君に言えることです。つまり、中国や韓国のドイツ語科やフランス語科に留学するという道も魅力ある選択です。ドイツ語もできる、あるいはフラン語もできる、その上に中国語もできる、さらに英語もできる。それは何と素晴らしいことでしょう。
頭を少し柔軟にして以上のような可能性にも目を向けてみる、これも、これからの国際交流を考えてみる上で、さらには諸君が将来を切り開く上で、極めて重要な視点であり、長崎外国語大学の学生だからこそ可能な選択肢なのです。国際コミュニケーション学科で中国語や韓国語を専修する諸君も、同時にまず、英語をしっかり勉強する、そして出来ればドイツ語やフランス語などにも手を伸ばしてみる。これが大切です。

第二番目に触れておきたいのは、わが大学がつい先頃、京都外国語大学と国内交換留学の協定を結んだ事実です。おそらくこういう協定は日本でも余り例がないと思います。一年間、あるいは半年、数名の学生を本学と京都外国語大学とのあいだで交換するという試みです。古い文化的伝統を誇る京都という町で、同じように外国語を学んでいる学生たちと一緒に勉強する。これは、外国留学とはやや趣を異にするものの、これもまた大きな異文化体験の機会であり、一つの選択肢として是非頭に入れておいてください。

以上、わが大学の国際交流大学として大きな特色の一端についてお話ししましたが、最後に本学の教育目標の三つの柱について申しておきましょう。それは「語学力」と「コミュニケーション力」と「人間力」です。

語学力については、いまさら説明の必要はないでしょう。諸君は外国語大学の学生ですから、語学力で他の大学の学生に引けをとってはなりません。それも、先ほども申しましたように、たった一つの外国語で満足してはなりません。少なくとも二つの外国語をものにする、その覚悟で頑張ってください。

しかし大学は、単に語学力を磨き、会話力を身につけるという場ではありません。ある意味で語学力以上に重要なのは、コミュニケーション力と人間力です。
外国語がすらすらしゃべれても、話す中身がなければ誰も耳を傾けてくれません。たとえば、日本人であれば老若男女を問わず誰でも流暢に日本語を話しています。しかし言葉は流暢でも、相手に対して言いたい内容、相手に対して尋ねたい内容、対話の中身というものがなければ、本当の意味でのコミュニケーションは成り立ちません。
外国語もまったく同じです。外国人は諸君が話す外国語が上手か下手かに耳を傾けているわけでは絶対にありません。ただ一つ、諸君が何を言いたいのかに耳を傾けているのです。中身のある話、相手が真剣に耳を傾けてくれる話をするには、勉強が要ります、知識が要ります、経験が要ります。つまり幅広い教養が必要なのです。

しかし最も大切なのは人間力です。自分の頭で考え、自分で問題を発見し、自分でそれを解決する力、そして自ら計画し、行動し、実践する力です。同時に、他人の立場を思いやり、他人と一致協力して何事かを実現する力、つまり人間としての総合的な底力、これこそ諸君が諸君の道を切り開いていく際の最も大きな助けになるものです。そしてこの力を身につける場、それが大学です。それが単なる語学学校とは異なる大学の意味です。そして社会もまた、何よりもそのような力をそなえた人間を待望しているのです。諸君が将来いかなる道に進むのであれ、たとえば会社に就職する場合でも、語学力だけでは道は開かれません。
まず第一に人間力、そしてコミュニケーション力――そこに語学力が加わったときにこそはじめて、その語学力は特別の価値をもち、輝き、本当に生きるのです。

長崎外国語大学は地方の小さな大学です。しかし地方の小さな大学だからこそ、大都市のマンモス大学には絶対に負けない優れた特色を有しています。先生と学生がこれほど間近に接しうる大学、教職員がこれほど熱心に、親身に、学生の勉学と生活と将来に関心をもち、励まし、助言している大学はそうざらにはありません。私は学長としてそういうわが大学を誇りに思っています。諸君もまた長崎外国語大学の学生としての誇りを忘れず、外大生の名に恥じない努力をし、長崎外大生として胸を張って、風を切って闊歩してください。
分からないことや、尋ねたいことがあれば、つねに勇気をもって先生に質問を投げかけてください。先生は、厳しいかもしれない、諸君を叱るかもしれない、耳に痛い忠告をするかもしれない、しかしそれはみな諸君の成長を思えばこそのことです。諸君に、一人前の、自立した人間になって世界に羽ばたいてもらいたいからです。厳しさはその願いの現われです。そしてそれこそが、本当の教育なのです。

長崎外国語大学新入生の諸君、どうかこの入学の日の喜びと新たな思い、どうかこの入学の日の初心を忘れないでください。そして「語学力」と「コミュニケーション力」と「人間力」、これを肝に銘じてください。そしてまた、日本人学生の諸君は「留学生と共に学ぶ」、留学生の諸君は「日本人と共に学ぶ」、この精神を決して忘れないでください。

以上をもって私の諸君に対する歓迎とお祝いの言葉といたします。入学おめでとう。お互いに頑張りましょう。