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2009年度秋学期 長崎外国語大学入学式 式辞 |
| 2009年9月24日 長崎外国語大学 学長 池田紘一 |
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新入生諸君、入学おめでとう。全学を代表して心より歓迎の意を表します。いま長崎は、暑い夏が漸く終わって一年の中でも最も美しく、清々しい季節を迎えようとしています。日本では秋のことを、「天高く馬肥ゆる秋」と申します。空は見渡す限り青く晴れ上がり、馬はおいしい餌に恵まれてよく太るという意味で、好天に恵まれた収穫の秋の喜びをいった言葉です。また「読書の秋」とも申します。秋は、空と同じように頭の中も澄み渡って、本を読み勉学に勤しむのに最も適した季節だという意味です。 まさにこの素晴らしい季節の始まりに、秋学期の新入生として、正規学生、短期留学プログラム(JASIN、NICS)学生、合わせて196人の学生諸君を迎えることになりました。国別に申しますと中国から140 人、台湾から5人、韓国から12人、アメリカから28人、イギリスから2人、フランスから7人、ドイツから1人、そして日本人学生1人です。 ご承知のように、日本では春に高校を卒業して4月に大学に入学するのが普通です。しかし本学では留学生のことを考えて秋学期入学の制度を積極的に取り入れています。来年の春には多くの日本人学生が入学します。したがって本日は留学生諸君を念頭にご挨拶申し上げます。 本日入学の留学生数は195人、これほどにもたくさんの留学生が入学するのは、実は初めてなのです。わが大学は2009年の4月から大きな改革を行いました。改革の柱の一つは、国際交流大学を目指すということです。本学は開学以来、国際交流と留学制度の充実に努めてきましたが、しかしどちらかといえば留学生はお客様扱いでした。留学生教育はいわば本学の教育のほんの一部分にすぎなかったのです。しかし私たちは2009年度から、この考えを変えました。語学の勉強は別として、教養教育や専門教育においては言語や国籍を越えて「共に学ぶ」、「一緒に学ぶ」という新たな方針を立てました。つまり、日本人学生は「留学生と共に学ぶ」、留学生諸君は「日本人学生と共に学ぶ」ということです。このような考えは日本ではまだ十分に定着していません。したがってこれは一つの大きな実験です。しかし、本当の意味での国際交流、国際コミュニケーションを実現する上で、この実験には深い意味があると確信しています。 長崎学院は第二次世界大戦の終結と同時に発足しました。64年の歴史を有しています。長崎は改めて申すまでもなく、広島とともに世界でただ一つ、原爆の悲惨を経験した町です。本学は、その傷跡も生々しい中で、戦争に対する深い反省とキリスト教的人間愛の精神にもとづいて創設されました。世界の平和と人類の共存共栄のためには、次代を担う若者たちが外国の言葉を学び、その背景にある各民族の豊かな歴史や文化、ものの考え方やものの感じ方を学び、国や民族を超えて相互に深く理解し合うことが何よりも大切であると考えられたのです。 この60余年の間に大学の形は大きく変化し、発展を遂げてまいりましたが、創設時のこの根本理念にはいささかの変わりもありません。今日、わが大学が非常に力を入れている留学制度もまた、もちろんグローバル化や国際化といわれる現代という時代を視野に入れたものではありますが、世界平和と人類の共存共栄に資するという理念の実現を目指すものなのです。ただ単に書物やメディアを通じて外国のことを知るだけでなく、また単に学問的に異文化に接するだけでなく、何よりも活きた言葉と活きた文化、衣食住や生活習慣から文学や芸術、政治や経済に至るまで、そのナマの状況に飛び込んで、自らの心と体で異文化を体験し、異文化について学ぶことが肝要です。留学は、世界の平和がいかに大切か、人類が共存していくには何が必要か、これを真剣に考える絶好の機会を提供するでしょう。 諸君は、すでに何らかの形で日本語や日本文化について学んでこられたと思いますが、これまで勉強してきたこと、話に聞いてきたこととは大違いで、おそらく数々のカルチャーショックを味わうことになるでしょう。しかし、どのような場合でも、すぐにこれはだめだとか、これは気に入らないとか、これはおかしいとか、批判的に見るのではなく、偏見を持たずに、ともかくまず何でも経験して下さい。好奇心を持って貪欲に学んで下さい。日本の生活の真っ只中に飛び込んで下さい。長崎外国語大学の真っ只中に飛び込んで下さい。先生たちにどんどん質問を投げかけてください。まわりの日本人学生に積極的に話しかけて下さい。そうやって多くの経験を積んだのちに、その経験の意味をじっくり考えて下さい。 諸君は、これからまず何よりも日本語を学び、日本語を自在に駆使できるようになりたいと願っていることでしょう。それは重要なことです。しかし、言葉は単なる技術や道具ではありません。言葉は文化です。どのような国の言語にもそれを育んできた文化やものの考え方や感じ方の長い歴史が息づいているはずです。外国語を学ぶ上で最も難しく、また大切なのは、言葉の中に潜む異なる文化、異なる考え方、異なる感じ方と対決し、これを理解すべく努めることです。同時にその過程を通じて自らの文化、自分自身と改めて向き合い、自分自身を再発見し、そして最後に二つの言語、二つの文化の間に、いや他者である二人の人間の間に、真の対話と友情が生まれることです。 最後に申し上げたいのは、諸君は長崎の地で勉強するのですから、どうかこのチャンスに是非とも長崎の町と人に親しんでいただきたいということです。諸君は長崎で学ぶ。そこには日本の他の町で学ぶのとはまったく異なる特別の意味があります。長崎は、昔から中国をはじめとする東アジア諸国との交易で栄え、十六世紀のポルトガル船来航以降は海外貿易とキリスト教伝道の中心地となり、二百五十年に及ぶ鎖国時代は西洋文明に開かれたほとんど唯一の窓だったからです。つまり長崎は古くから外国の文化と外国の人々に接し、いわば政治・経済・文化における輝かしい国際交流の舞台であり、近代日本の発祥の地だったのです。 どうか町を歩いてその足跡を辿り、諸君の先達たちがこの地でどんな活躍をし、日本との交流にいかなる貢献をなしたかを偲んでください。それは二十一世紀の国際交流のあり方を考える上で大いに役立つでしょう。長崎の人たちは長い歴史的経験から、外国人に対してきわめて開かれています。諸君も、その気になれば、長崎の市民の間に多くの友を見出すことができるでしょう。 そしてまた、長崎が原爆被災地であるという事実も見過ごしてはなりません。この事実はこれからの世界平和を考える上で極めて重要な意味を持っています。国際間の理解と交流が破綻したときにいかなる悲惨な結果を招くかに思いを致しながら、原爆都市長崎の意義についても考えてください。 本日の入学式にあたって、これから諸君が長崎外国語大学で大いに勉学に励み、充実した学生生活を送るとともに、長崎の町に親しみ、将来諸君の本国と日本、諸君の故郷の町と長崎との交流の架け橋になられるよう祈念して、学長の式辞といたします。 |