『グリフィス福井書簡 - Griffis' Fukui Letters- 』山下英一

W.E.グリフィス(1843-1923)はラトガース大学を1865年に卒業する。彼はラトガース大学と日本の橋渡し役を果たした。日本との関係はラトガース大学に留学していた日下部太朗との出会いから始まる。日下部太朗は福井藩の出で、グリフィスが福井にやってくるのはそういう理由である。日下部太朗は成績優秀であったが、客死する。ファイ・ベータ・カッパ会員に選ばれる。その会員の証をグリフィスは日下部の父親に届ける。
グリフィスは福井では理科系の授業に力を注ぐ。これは一つには当時モリル法という法律が施行されたことも考えられる。簡単に言えば、州から土地を付与されるかわりに、理科系の学科を大学に作るということであるが、ニュージャージー州ではラトガース大学が選ばれた。
そのグリフィスが福井滞在中に送った書簡集がこの本で、英学史上貴重な基本文献である。2009年6月 能登印刷出版部

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