ラトガース大学を1857年に卒業した中にJames H. Ballaghがいる。彼は1861年に日本にやって来るのだが、その来日はハリスの後任駐日公使として来日した1833年卒業のRobert H. Pruynと同じ年である。ジェームズ・バラは結婚後すぐに日本に渡るのだが、その道程は、アメリカ東海岸から舟に乗り、大西洋を南下し、回り赤道を越え喜望峰を,回り、インド洋を通り、中国経由で横浜に入った。5ヶ月以上の航海であった。この結婚したばかりの宣教師夫妻であるが、夫は我が国最初のプロテスタント教会を設立した人物である。この本は妻マーガレットが故国の友人に宛てた手紙をまとめたもので、アメリカからの船旅の様子、日本での生活、風習などを書いている。マーガレットは日本で69歳の生涯を閉じることとなるが、墓は横浜外人墓地にある。夫ジェームズ・バラの滞在は1916年までの長きに亘る滞在であった。神奈川成仏寺は二人が2年間滞在した場所である。
マーガレット・バラ著 川久保とくお訳 有隣新書 平成4年