日下部太郎の墓に参りました

日下部太郎(1845年~1870年)は福井の生まれである。20歳の時に長崎に遊学。フルベッキに英語を学んだ。22歳の時に渡米するが、かれが向かったのはニュージャージー州ニュウブランズウィックにあるラトガース大学である。優秀な学生であったが、卒業前に結核で死亡する。彼は大学のそばにあるウィロー・グローブ・セメタリーに埋葬された。ファイ・ベータ・カッパの会員に選ばれ、それを記念する鍵は福井藩が招聘したウィリアム・グリフィスが父親に届けた。彼の墓に参るとは思いもかけなかった。

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右端の白い墓石が日下部太郎のもの。この一角には6つの墓の他に3つの墓、計9名の日本人が埋葬されている。

去年・一昨年と英学史を卒論のテーマに扱ったので、日下部太郎のことも説明した。今回在外研究中に、本学外国人講師のブライアン・ダッツマンさんがフィラデルフィアに帰省中であったので、彼に頼んで連れて行ったもらった。ハリケーン・アイリーンの影響で、墓地は木々が倒されていたが、墓を確認することが出来た。今回の在外研究の思わぬ副産物であった。英学史についてはラトガース大学のAlexander Libraryと連絡をしようと考えている。

ラトガース大学が幕末から明治にかけての日本に与えた影響については、「近代日本の夜明け:ラトガース大学の果たした役割」(長崎外大論叢(13)、pp19-38、2009年)でまとめている。ブログの「長崎発英学史」もどうぞ。

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