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教員情報

プロフィール
  • 氏名 
    狩野 充德  / KANOU Mitsunori
  • 所属
    外国語学部国際コミュニケーション学科
  • 職名
    特別任用教授
  • 生年月
    1946年5月
  • E-mail
    kanoumail
  • 専門分野
    中国語学・中国文学・日中比較語学文学
自己紹介

  中国語学を専攻し、主として漢字音に関心を抱いています。これまでに行ってきた研究は、『切韻』や『広韻』を主とする韻書研究、『文選音決』や『経典釈文』等の音注研究、日本漢字音研究です。また、25年以上、日本漢学(瀬戸内海地域の近世漢学者を中心とした漢詩・漢文)も研究しています。基本的には文献学で、資料の蒐集、精読、思考、論考のまとめと進んでいきます。現在は音注による中国古典の本文解釈と、また古い漢字研究資料ではなく、私達に身近な日本漢語・漢字音とに興味があります。
  私は50年前、大分県のある高校に入学しました。二年生になると、同級生300人余りの内、50人だけが数学Ⅲ(確率・微分・積分など)と物理の授業を受けることができました。私は理科系志望(化学)で、幸いその中に入りました。しかし、特に物理ができず、二年生の2学期には早々と諦めて、文科系に転向しました。それも法律学にするか、得意であった国語古典(日本古典・漢文=中国古典)にするか、迷いました。担任等に相談して、三年生になってから大学の文学部で古典を専攻することに決めました。次に日中どちらの古典にするか、「二者不可得兼」(二者択一)です。科目担当の先生に相談し、結局漢文、中国古典専攻に決めました。大学では好きな中国古典(論語・唐詩で週2コマ)と中国語(文法・講読・会話作文で週3コマ、内1コマの中国語会話は香港出身の王超先生担当。二年次に伊藤虎丸先生から艾蕪「南行記」の講読を受け、それ以来今もこの作家の作品を愛読しています)の授業を、いずれも10~15人くらいの少人数で受けました。専門課程へ進んで、現代中国語以外に魯迅・紅楼夢などを読みました。専攻生5人の授業でした。その後、論文研究では古字書『説文解字』を扱いました。大学院ではたった一人で授業を受け、諸先生の内、楊啓樵先生からは主に古典文学を中国語のみで教わりました。修士論文では『文選』の音注『音決』を扱い、その研究の必要上「切韻系韻書」や日本漢字音を扱うことになりました。教員になってからも、そのような音注研究に従事し、また文部省の科学研究費による研究分担者の一員となり、宇和島藩の漢学者研究に取り組むようになりました。それ以前から時々神社仏閣の漢字資料や個人蔵の書画の讃、その他の読解を依頼されるようになり、今では一段と日本の漢字・漢語にも興味・関心が行くようになりました。なお、広島大学での定年6年前くらいから、私も中国人留学生を担当するようになりました。毎年一人の博士課程前期の大学院生(みな女子院生)のチューターとなりました。これ以外に、短期の留学生や研究生(これらも全員女子学生でした)も担当しました。どの学生・院生も日本語が上手で、通常の授業以外に毎週1回、1対1の論文指導がありました。日中比較文学、語学等の内容で、彼女達は実に真面目によく勉強をし、お蔭で私も勉強になりました。様々な奨学資金、その他の推薦書もよく書きました。おおむねそれがうまく行って、彼女達は奨学資金などが貰えました。今でも留学生指導の楽しかったことを覚えております。全学学生生活委員も10年以上連続して務め、この全学委員長を1年、それと前後して副委員長を2年務めました。また、新入生が入学した4月に催される、1泊2日の文学部新入生歓迎オリエンテーションキャンプ(略称、オリキャン)も定年まで11年連続して、それどころか定年後も1年間これに付き合いました。前代未聞のことでしょう。私はそういう行事が好きでしたから、その折に他の教員や学生達とよくお話をしたものです。こうしてみると、不愉快なことも無かった訳ではありませんが、私は結局、学生さんが好きであったということでしょう。

最終学歴

1969年3月    広島大学文学部文学科中国語学中国文学専攻卒業
1973年3月   広島大学大学院文学研究科修士課程中国語学中国文学専攻修了
1978年12月   広島大学大学院文学研究科博士課程中国語学中国文学専攻単位取得退学

取得学位

博士(文学)、広島大学、1997年

教育活動
    [担当科目]
  • 大学学部(1~4年生)教養ゼミ・現代中国語演習A・現代中国語演習B・中国語史・中国上古中古漢語演習A・中国上古中古漢語演習B
  • 大学院(博士課程前期・後期)日中言語文化交流論A・中国音韻学演習A・中国音韻学演習B・特別研究指導 I (中国文化学)・中国文字学研究A・中国文字学研究B

以上、広島大学文学部・大学院文学研究科

  • 放送大学広島学習センター非常勤講師:中国語
    [教育実践に関する発表・講演など]
  • 広島県立広高等学校での1・2年生の漢文授業「孫康映雪、車胤聚蛍」(李瀚『蒙求』、70分)を担当、2005年10月26日
  • 漢文教育に活かす漢詩の読解、兵庫県高等学校国語部会西播磨支部研究会、於兵庫県立佐用高等学校、2008年6月1日 

[その他特筆すべき事項]
2007・8・9年度:中国人留学生の研究生や大学院生の指導を行った。チューターとして数名の中国人留学生に対し、通常の授業での専門的な知識を授けるばかりでなく、日本の様々な情報や生活上の諸常識をも分かり易く教えて指導した。

研究活動

[最近5年間の研究]
『文選音決』による『文選』の本文解釈や、『経典釈文』等の音注による経書(例えば『論語』など十三経)の解釈など、音注を音韻学資料として扱うのではなく、本来の役割である本文解釈に活かす研究を行っています。また、最近は日本学術振興会の科学研究費による、他専攻を含む研究者と一つの組織を作り、共同して世界遺産・厳島の総合的研究も行っています。更に、新聞・図書・雑誌、テレビ・映画、インターネットの記事、また家族や他人との会話、手紙、お菓子の包装紙などに見られる、日常的に使用される、ごく卑近な日本漢語・漢字音とに関心を持って追究しています。

所属学会
  • 日本中国語学会
  • 日本中国学会
  • 中国中世文学研究会
  • 中国文史哲研究会
主要研究業績
    [著書]
  • 『シルクロ-ドの歴史と文学』第一法規、1981、共著
  • 『文選音決の研究』、渓水社、2000
  • 『廣島縣の標柱』、広島県神社庁、2004、共著

など

    [論文]
  • 左思「三都賦」諸家注考証、『中国中世文学究』11号、17-26、1976
  • 北京語の〔m〕,〔n〕,〔l〕,〔ʐ〕声母の陰平字、『中国語学』224号、1-8、1977
  • 上田秋成墓碑訳注、山陽女子短期大学研究紀要第8号、7-13、1982
  • 張士俊『沢存堂本広韻』の系譜、『汲古』11号、18-25、1987
  • 上甲振洋「帰献録―富士山遊記」について、内海文化研究紀要第20号、17-27、1991
  • 上甲振洋『浴泉日記』―翻刻・校記・訓読文・口語訳・語釈・論評、内海文化研究紀要第25号、35-58、1997
  • 上甲振洋『入摂稿』訳注、『内海文化研究紀要』27号、75-102、1999
  • 星野良悦「身幹儀説序」(上)-広島大学所蔵「身幹儀(星野木骨)」に因んで-、『中国学研究論集』14号、86-100、2004、池淵質実との共著
  • 《文選音決》的“三”字音考、『中国中古文学研究』(北京・学苑出版社)、338-342、2005
  • 『文選音決』の音注と『文選』の解釈―「見・ 樂」二字を例として、『日本中国学会報』61集、46-60、2009
  • 浅野長勲「嚴島雜詩」第五首・第七首の読解と鑑賞、『厳島研究』6号、1-4、2010

など

    [その他]
  • 「解剖碑訳注」、「竹林」27-1号、152-159、2006、東広島地区医師会誌
  • 「患者の立場から医師を見る―先哲・富士川游から学ぶ 」、「安佐医師会会報」第107号、11-25、2007
  • 「漢文教育に活かす漢詩の読解」、「西播磨國語」第38号、54-68、2008
科学研究費補助金・その他の競争的研究経費
  • 平成13-16年度 日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究C-2)「瀬戸内海地域の近世漢学者上甲振洋の漢文紀行日記についての研究」研究代表
  • 平成17-19年度 日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究B)「世界遺産・厳島の総合的研究-伝承性の再検討-」研究代表
  • 平成20-24年度 日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究B)「世界遺産・厳島の総合的研究-「伝承・伝説の時代性」の視点から-」研究代表
大学業務
    [役職]
  • 広島大学大学院文学研究科中国古典文学プロジェクト研究センター長
  • 広島大学大学院文学研究科世界遺産・厳島-内海の歴史と文化プロジェクトセンター長
  • 広島大学大学院文学研究科附属内海研究施設長 
    [委員会]
  • 広島大学大学院文学研究科附属内海研究施設運営委員会委員長
社会活動
  • 日本中国語学会、中国地区理事、2007・8年度
  • 中国中世文学会、運営委員・編集委員、2007~2009年度
  • 広島市安佐医師会倫理委員会、特別顧問・同輪読会講師、2007~2011年度

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