2012年07月09日
清華大学2012年「東アジアの文化交流における旅の表象-中日国交正常化40周年記念国際シンポジウム」
2012年7月28日(土)・29日(日)
清華大学(中国・北京)
中日国交正常化40周年という記念すべき節目の年に、清華大学外国語学部は、中日文化交流研究の一環として、「東アジアの文化交流における旅の表象」をテーマに国際シンポジウムを企画した。
中国大陸-朝鮮-日本を繋ぐ文化的ネットワークが形成し、自国の文化的アイデンティティを立ち上げる過程において、「旅と文化交流」は重要なテーマである。旅の表象をめぐって、紀行と日記ジャンルの交差、名所の成立、道行き文体の形成、聖地と巡礼、異文化交流、イメージ、絵画、造形、映像など、様々な問題が見られている。
また、旅の表象には社会、文化、経済、文学、言語、芸術、宗教など、様々な領域の問題が映し出されている。
今回のシンポジウムは、東アジアを枠組みにして、「東アジアにおける旅と文化交流」、「メディアと旅」、「古典作品に表れている旅の表象」、「近現代作品に表れている旅の表象」の四つのテーマに分けて議論を行うことになる。
江戸時代、長崎は遊学の町であった。平松勘治著『長崎遊学者事典』によれば、延べ1433名が全国各地から長崎に来る。勉学が済むと、また地元に戻って行った。ポンぺが出島にやってくるのが1857年の事で、そこから西洋医学の歴史が始まる。
ポンぺの来日から遅れること2年。フルベッキが長崎に来る。彼はオランダ改革派が送った宣教師であったが、彼の10年におよぶ長崎時代は日本人を積極的に留学させた点で大きな貢献があった。
この二人には不思議と日本人が集まってきた。この二人から日本人はどのような影響を受けたのか。蘭学から英学へ転換する幕末から明治の日本の姿を検討する。
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