中国で大学に入ってから、日本語を勉強しはじめ、現在に至りますが、まだ使いこなしていません。しかし、習得の熱意が当初と変わらないです!「何故日本語を勉強しようと思ったの?」と聞かれる時があって、考えてみれば、日本語をしゃべっているときの父親がいつもいきいきとして、子供のころから憧れていたのがきっかけかもしれません。それから、こんなに日本語の魅力を感じている私が、もし自分の学生さんに中国語の面白さをお伝えし、中国語と一生付き合いたいと思っていただけたら、すごく素敵なことだと思っております。
また、九州大学で初めて生成文法の授業を受けて以来、一見すると全く異なる言語間においても、その根底には同じ文法規則が隠されているという事実に感銘を受け、普遍的な文法原理を解明することに興味を持ち続けてきました。特に、格助詞を持たない中国語の格に興味を持ち、修士課程では中国語の文構造と格理論、現在は中国語の文末遊離数量詞を研究しています。
2005年7月 中国吉林大学外国語学院日本語学科卒
2007年7月 中国吉林大学大学院外国語学院日本語学専攻修士課程修了
2010年3月 九州大学人文科学府言語学専攻博士前期課程修了
(九州大学人文科学府言語学専攻博士後期課程在籍)
修士(言語学、九州大学)2010年
[担当科目]
中国語会話、中国語作文、中国語表現法、日中翻訳演習、時事中国語
[教育方法・内容の工夫]
初心者に対し、発音、初級会話、簡単な文章の作り方を中心にドリル式で、練習させていきます。中級、上級者に対し、ビデオや新聞記事を使い、中国の時事と関連付けながら、中・上級レベルの中国語会話、作文などを指導します。
[最近5年間の研究]
私の関心は大きく以下の2つに分けることができます。
(1)中国語の格に関する問題
中国語では、「大象鼻子很长(象は鼻が長い。)」というような文が容認可能である。この文には、述語は「長い」しかないにもかかわらず、この文にはNPが二つある。この場合、抽象格を付与するものが文中に二つあると考えるべきなのか、それとも、topicとなるNPには抽象格を付与されていないと考えるべきなのか、自明ではない。Case filterを仮定するならば、前者をとることになるだろうが、それが正しい選択であると決まっているわけではない。私の研究は中国語に適した格理論をあらためて考察するところから出発し、新しい分析を提案するものである。
(2)中国語の文末遊離数量に関する問題
「老师批评了不认真的学生三个(先生が叱ったのは不真面目な学生三人だ)」のような中国語の文末遊離数量詞文の構造を取り上げると、なぜ、この場合、文末遊離数量詞の係り先は目的語位置のNP「学生」に限られており、主語位置のNP「老师(先生)」には係れないのか、さらに、なぜ自動詞文や受身文になると、主語位置のNPでも係り先になれるのかなどの問題を、文末遊離数量詞の統語的分布と意味解釈の両面を考慮して、分析した。その結果、文末遊離数量詞の構文を観察することによって、動詞の左に生起する名詞句の構造的位置が明らかになることがわかる。そして、中国語の文構造がどのようなシステムで決定されているか、明らかにしたいと思う。