
私たち日本人は古くから中国の言葉と文化を受け入れてきました。それはもう日本人の血肉と化していると言えましょう。李白や杜甫が自国の詩人であるかのように、三国志や水湖伝が自国の小説であるかのような錯覚を起こすほどです。中国語を学ぶということは自らを振り返ることにもなるのです。
ところで、山は中国語でも山。同じ漢字を使っているために、ぱっと新聞の見出しを見てその内容がだいたいわかるというのはありがたいことです。でも「手紙」はトイレットペーパーの意味、「老婆」はおくさん、「湯」はスープといった具合に、日中間でとんでもない違いがあるのもおもしろいところです。
中国語には、高い・低い・上がる・下がるという声調があって、ひとつずつの音節についています。まるで音楽のようにきれいに響くのはそのためです。またヨーロッパの地図を中国の上にあてはめるとすっぽりはまるような広大な大陸ですので、7大方言があり、あたかも外国語であるかのような大きな違いがあります。でも心配は要りません。「漢語普通話」という共通語があり、中国のどこへ行っても通じます。みなさんが学ぶのももちろんこの共通語です。授業ばかりでなくたくさんの留学生とのふれあいを通じて、音とかたちから学ぶ中国語を満喫しましょう。
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