建学の精神と沿革

建学の精神

第二次世界大戦の敗戦は日本の社会に深刻な衝撃を与え、未曾有の精神的・物質的荒廃をもたらした。特に学業半ばに、一切をなげうって戦場に赴いた学生や生徒が受けた打撃はたとえようがなかった。彼らは挫折感と絶望にうちひしがれ、勉学意欲を喪失し、虚脱状態で街々を彷徨した。彼らを学校に戻し、新たな目標を見出させること、さらには、これから育ってくる若者たちに学校教育を通じて新たな未来を切り拓く知恵と勇気を与えること、これが急務であった。

このような状況下で、当時長崎馬町教会の牧師であった青山武雄は、原爆により廃墟となった長崎の地で、新しい時代の日本を担う人材育成を決意した。

青山をはじめとする学院創立者たちがこの時教育の基本に据えた理念は、プロテスタント・キリスト教主義であった。日本の将来を担う人物は、世界的な視野と教養を身につけた人格者であらねばならない。また、先の大戦の反省から、世界平和と人類の共存共栄の理想を実現するためには、外国語を用いて異なる国々の人々と対話し、異文化を理解し尊重する若者を養成しなければならない。そして日本の良心たるそのような自立した人間の教育の基盤は、キリスト教の「隣人愛」「献身と奉仕の精神」「真理と自由の探求」という普遍的な価値観にこそ置かれるべきである、と彼らは考えたのである。

加えて、古くから海外との交易で栄え、江戸時代には海外文化移入の一大拠点となり、維新前すでにわが国最初の外国語学校が開設されて日本各地から有為の青年たちがはせ集い、近代日本の揺籃となった長崎、そしていまなお国際的雰囲気を色濃くとどめる長崎は、外国語教育の新たな理想の実現に最適の地でもあった。

このような信念のもと、敗戦後早くも1945年12月1日に青山たちは長崎キリスト教青年会(長崎YMCA)を再建し、夢の実現に着手した。そしてこれを母体として1947年に長崎外国語学校、1950年には長崎外国語短期大学を設立し、語学教育を通してのキリスト教全人教育に専心してきた。2001年に設立された長崎外国語大学にも、この創立者たちの理念が一貫して息づいている。その学則の第1 条は、「本学は、教育基本法に則り学校教育法の定める大学として、キリスト教精神に基づき、外国語と国際文化に関する知識を教授研究し、国際的な視野と円満な人格の涵養を図り、もって地域並びに人類社会の福祉と発展に寄与しうる人材を育成することを目的とする」と謳っている。

本学院のこの建学の精神は、創立記念日やスクールモットー、さらには校章に表されている。創立記念日は前述の長崎YMCA再建の日、12月1日である。スクールモットーは、「わたしは道であり、真理であり、命である」(ヨハネによる福音書14章6節)というイエス・キリストの言葉であり、その「道・真理・命」を意味するラテン語のVIA VERITAS VITA (ウィーア・ウェーリタース・ウィータ)が校舎正面に大きく掲げられている。また校章は、その頭文字のVを三つ組み合わせたデザインとなっている。

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長崎外国語大学の歴史

1901(明治34)年11月 長崎基督青年会(YMCA)を設立
1930(昭和 5)年3月 YMCA活動を停止、長崎基督青年会維持財団は解散せず若干の活動を行う
1945(昭和20)年12月 日本キリスト教団長崎馬町教会にYMCA仮事務所を設け、YMCA活動開始の準備及び長崎外国語学校創立事務所を設置
 1947(昭和22)年 4月 長崎YMCAは、長崎基督教青年会維持財団を継承し、財団法人長崎基督教青年会維持財団に改組私立長崎外国語学校(長崎市馬町39番地)が長崎県知事により認可
専門部英文科及び商科に各50名の学生が入学。また、市民の語学教育センターとして夜間専攻科を開設
1948(昭和23)年 9月 長崎市本大工町1番地に校舎建設・移転
1950(昭和25)年 3月 長崎外国語短期大学米英語学科が設立認可
1950(昭和25)年 4月 長崎外国語短期大学開学
1951(昭和26)年 3月 私立学校法制定に伴い(財)長崎基督教青年会維持財団を学校法人長崎YMCA学院に改組
1954(昭和29)年 2月 長崎外国語短期大学米英語学科に第2部が増設認可
1959(昭和34)年 4月 長崎市住吉町(現泉町)243番地に新校舎(鉄筋コンクリート建)建設・移転
1960(昭和35)年 2月 法人の名称を学校法人長崎YMCA学院から学校法人長崎学院に変更認可
1962(昭和37)年 3月 長崎外国語短期大学米英語科第1部、同第2部を外国語科第1部、同第2部に名称変更
1965(昭和40)年12月 創立20周年記念式典・祝賀会を挙行
1971(昭和46)年 1月 長崎外国語短期大学外国語学科第1部に定員増(80→120)認可、専攻(英語専攻・フランス語専攻・スペイン語専攻)設置
1971(昭和46)年 3月 創立25周年記念事業として大学本館(鉄筋コンクリート建)の建設・旧館の改修
1975(昭和50)年11月 創立30周年記念式典・祝賀会を挙行、沿革誌「30年のあゆみ」発刊
1981(昭和56)年 5月 創立35周年記念事業として日当の尾運動場建設
1982(昭和57)年11月 いずみ寮建設
1985(昭和60)年12月 創立40周年記念式典・祝賀会を挙行
1986(昭和61)年12月 長崎外国語短期大学外国語科定員増(120→240)認可
1987(昭和62)年 3月 3号館の建設
1989(平成元)年12月 長崎外国語短期大学に国際文化学科(入学定員60名)設置認可
1990(平成 2)年 4月 長崎外国語短期大学に国際文化学科開設、外国語科第1部を外国語学科に名称変更
長崎外国語短期大学外国語科第1部を廃止
1990(平成 2)年 6月 創立45周年記念及び国際文化学科開設記念式典・祝賀会を挙行
1996(平成 8)年 4月 長崎市泉町243番地から長崎県西彼杵郡時津町元村郷1010番地1に鉄筋コンクリート建の校舎・体育館等を建設・移転
1996(平成 8)年 6月 創立50周年新校舎竣工式典・祝賀会を挙行
2000(平成12)年 12月 長崎外国語大学(外国語学部国際コミュニケーション学科)設置認可
[長崎外国語短期大学の国際文化学科(60名)及び外国語学科の英語専攻(180名のうち30名)、フランス語専攻(30名)、スペイン語専攻(30名)の改組転換]
法人の住所を長崎市横尾3町目15番1号に変更認可
2001(平成13)年  4月 長崎外国語大学国際コミュニケーション学科開学
長崎外国語短期大学外国語学科を英語学科に名称変更
2001(平成13)年  5月 長崎外国語大学開学記念式典・祝賀会を挙行
2003(平成15)年  3月 長崎外国語短期大学外国語学科、国際文化学科廃止
2003(平成15)年  4月 長崎外国語短期大学専攻科英語専攻設置(修業年限2年、入学定員10名)
学生食堂を移築
2004(平成16)年  4月 長崎外国語大学入学定員(150名→180名)変更
長崎外国語短期大学入学定員(150名→120名)変更
2005(平成17)年  3月 長崎市横尾に法人事務所を設置
2005(平成17)年12月 創立60周年記念式典・祝賀会を挙行
アンペロス寮の運営・管理を開始
2006(平成18)年 3月 長崎外国語短期大学専攻科英語専攻(入学定員10名)廃止
2007(平成19)年 4月 長崎外国語短期大学入学定員(120名→80名)変更
2007(平成19)年 6月 長崎外国語大学・長崎外国語短期大学保護者会設立
2008(平成20)年 5月 平成21年4月より長崎外国語大学外国語学部改組を届出
入学定員(180名→170名)
現代英語学科(入学定員85名)
国際コミュニケーション学科(入学定員85名、編入学定員30名)
2008(平成20)年 6月 平成21年4月より長崎外国語短期大学学生募集停止を文部科学省へ報告
2008(平成20)年12月 「長崎学院創立60周年記念誌」発刊
2009(平成21)年 4月 長崎外国語大学外国語学部改組  現代英語学科新設
長崎外国語短期大学学生募集停止
2010(平成22)年10月 学校法人長崎学院創立65周年・大学開学10周年記念事業コミュニケーションラウンジ新設のための寄付金募集
2011(平成23)年 3月 校地の一部売却(535.3㎡)
収益事業「長崎外国語大学ビジネス株式会社」設立
2011(平成23)年 7月 長崎外国語短期大学廃止認可
2011(平成23)年 9月 長崎外国語短期大学閉学式典を挙行
2011(平成23)年12月 学校法人長崎学院創立65周年・大学開学10周年記念式典を挙行
2012(平成24)年 5月 長崎外国語大学外国語学部現代英語学科完成年度履行状況報告
2012(平成24)年10月 長崎外国語大学後援会発足(教職員、同窓会、保護者会)
図書等教育環境充実に係る寄付事業開始
2013(平成25)年12月 学校法人長崎学院創立68周年記念礼拝・キング牧師胸像除幕式
2014(平成26)年 2月 アンペロス(国際)寮竣工式
2014(平成26)年 4月 施設設備充実に係る寄付事業開始
2015(平成27)年12月 学校法人長崎学院創立70周年記念式典を挙行
「長崎学院創立70周年記念誌」発刊

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